セメント兄弟の宴
「なぜ、バンドを長い間続けていけるのですか?」
そんな質問をされる時がある。50年も続けているローリングストーンズやフーならわかるけど
そういえば2001年に海の家バンドを始めてから、15年、2006年からnoah bandを始めてから10年、
初めてバンドを結成したのは1982年だから30年以上になる。
「バンドは面倒くさい」「大変だよ」経験した人は解るが、大人数であればあるほど活動は大変である。
でもその面倒くさい事が案外面白かったりする。大変さがまたワクワクする。
ただスタジオに集まるだけでもなにか楽しい。
僕がバンドをやる理由は、自分にはとても弾けないギターを弾いてくれるから
自分ではとても考えつかないベースを弾いてくれるから自分では決して叩けないドラムを叩いてくれる
そして自分には想像もつかないピアノを弾いてくれる。またまた自分よりも素敵な歌を歌ってくれる。
つまり自分には足りない部分を補ってもらう、助けてもらいながら
かけがえのない音楽を育むのがバンドなんだと思う。よく素晴らしいミュージシャンでなんでも出来る方がいる
いろんな楽器をこなせる人もいる。うらやましい。僕は年々下手になる歌を歌い続け進歩しないギターをならし
相変わらずの歌を書く事しか出来ない。
でもそんな歌でも共に演奏してくれるバンドがいる。それこそが僕の財産なんだと思える。
何十年やってきたなんてことよりもこの年でまだバンドを続けられる事は本当に幸せなんだと思う。
2014年のstonesのドーム初日、keithの調子がいまいちでしたが、そんなときこそ、
他のメンバーの盛り返しは素晴らしかったです。カヴァーするというか
もう一つの活動として、ソロで歌う事も長い間続けている。ギター1本で
そうした気軽さも知っているがそういうときこそ責任感というものを改めて感じる
そうした活動を続けるからこそバンドに戻った時に素晴らしい活動が更に出来る。
ライヴでメンバーと目が合う。(アイコンタクトが)お客さんが歌って踊っている
目が合う。やったねという一体感とともにえたヨロコビ、もしかしたらスポーツの団体競技
サッカーやラグビーにも似た何かかもしれない
共に喜べあえる仲間がいる。
2001年からのバンド活動はみんな社会人になってから
大人になってからのメンバーだ。もちろん、去っていった人もいる。出会った人もいる
働きながら継続する事は本当にしんどいし大変だ。だからこそ楽しさも達成感もある
いよいよ来年は15周年の年だ
「なぜバンドを続けるのか?」
たぶん、打ち上げの乾杯と、「やったね!の笑顔」のためだけだと思う
いままでもいまもこれからもきっと
「セメント兄弟」の宴2015
12・27 都内某所